京都大学新聞の百年
京都大学新聞編
根津 朝彦
『京都大学新聞』の記念碑となる100年史である(以下、京大新聞)。京大新聞は、1925年に『京都帝国大学新聞』として創刊され、戦時中『大学新聞』、戦後は『学園新聞』となり、1959年から『京都大学新聞』と改題され、現在に至る歴史ある学生新聞である。創刊65周年の際に刊行された『権力にアカンベエ!』(草思社、1990年)の内容を通史部分等に再活用しながら、新しい通史を盛り込み、歴代の在籍者のインタビューと寄稿、関わり深い教員らの寄稿をまとめた、新たな京大新聞史の意欲作である。京都大学は今年度、国際卓越研究大学に認定された。今後大きな変化が予想される中、京都大学の歴史を京大新聞の窓からいま一度考え直す意味がある。
京大新聞の象徴とされた「権力にアカンベエ!」というのは、創刊以来発行人や顧問として同紙を支えた入山雄一と、編集員たちが1935年頃に撮影した記念写真をもとにしている。本書は、この歴史的な規範意識とアイデンティティを再確認し、現在ではそれと共存しつつも、異なる気風が立ち上がる様までを描き抜いたものである。学生新聞の在り方と意義を問う好著であるが、実態としては編集員の不足がほぼ慢性化し、存続自体に努力が注がれてきたことが本書を通読するとよくわかる。つまり人員不足という制約が京大新聞の結界であり、それだけに属人的な内容も展開され、セミプロ手前ならではの自由とほろ苦さがあるというべきであろう。
1969年の京大闘争を経て、京大新聞は1970年に編集長制を廃止したことも特色である。1975年の約3ヵ月の休刊を挟んで、週刊から半月刊となり、今に至る。紙面に載る主な内容は、京都大学や学生寮の動向などのニュース記事と、書評・映画評や自主的な企画による文化記事の2本柱である。本書では、歴代の各節目の論説もきちんとピックアップしており、時代ごとの編集部の学内報道の姿勢を看取することができる。教養部の名物教官として知られた森毅も「京大新聞顧問」を自称し、大学新聞だからこそ外部では遠慮するような「一種のきわどさがなくては意味があるまい」と述べている(同書256頁、以下、頁数のみ記す)。その森を含め、ジャーナリストの筑紫哲也や黒田清などの講演会も活発だった。テレビキャスターの筑紫哲也から、講演内容をほぼ話したままで編集せずに原稿としていたため、怒りの手紙とともに返送されたエピソードが紹介されている(278頁)。それでも筑紫は丁寧に見直したというから、学生新聞ならではのセミプロ手前の一面をうかがわせるものであり、こうした機会にも人は成長していくのであろう。
本書の終盤にある「京大新聞の百年 四名の卒業生による女性編集員座談会」と「拾い読み 番外編 京大新聞でたどる女性を取り巻く環境の変化」は、重要な記録である。京大新聞も男性偏重の世界であり、京都大学の歴史において避けて通れない、1993年に明るみに出た矢野暢のセクハラ行為(矢野事件)も京大新聞の報道を含めて振り返られている。「大学において、女性に対するアファーマティブアクションが必要とされなくなる状況はいつ生まれるのだろうか」(589頁)という問いは重い。この2つの内容は終盤に置くよりも、もっと中盤・序盤などで紹介してほしかった。
本書を読むと、吉田キャンパスを拠点とする京大新聞や、界隈の吉田寮と熊野寮などが相俟って、学生文化と自治の精神の一角を形成してきたことがよくわかる。杉本恭子『京大的文化事典』(フィルムアート社、2020年)も一読をすすめたいが、ほぼ全面的に京大的文化≒吉田キャンパスという描写である(宇治キャンパスや桂キャンパスはほぼ出てこない)。そこに関わる論点として、京大新聞でも注目してきたのが2018年の立て看板撤去問題である。
評者は、2018年以降、様々な学生・教職員や市民の立て看板(タテカン)の存続を願う自主的な展開に敬意を抱く者である。大勢の学生や関係者にとって、立て看板は雑音で、時には煙たいものに見えるかもしれない。しかし、百万遍などに立て看板一つ自由に立てられないのに、なぜ京都大学は「自由の学風」を謳えるのか、個人的には疑問で仕方がない。実は西部に外向き立て看板設置場所が設けられている(476頁)。評者は現場を確認してきたが、要するに目立つ場所での設置、ゲリラ的な看板は許さないということで、ガス抜きの有名無実化である。当時、山極壽一総長も、優れた研究者として世に知られていたが、少なくとも立て看板の対応では、法令遵守を隠れ蓑にし続けた姿勢が色濃く、学生文化の歴史において大きな失点を記録したと言わざるをえない。手作りの個性的な立て看板は、文化と自治のたいまつであったと思うからだ。
藤原辰史は、京大新聞に対しては「敗北主義に陥らないだけのユーモアを捨てきれていない」としながらも、「京都大学の「自由の学風」が権力に対し、とりわけ政治権力や金融権力の愚挙に対して勝利を収めた、という見方は歴史修正主義以外のなにものでもないだろう」と率直に指摘している(458~459頁)。1997年、京大新聞に復活した新人文学賞は、吉村浩一(萬壱)「国営巨大浴場の午後」が受賞した。審査員の一人である森毅も「味がある」と評したようだが、その吉村も「暴力というものはまず文化を破壊しにかかってくるので、文化を創造し続けることこそが暴力への抵抗運動」であると述べている(272、307頁)。本書には『京大闘争 京大神話の崩壊』(三一書房、1969年)の書影が掲げられているが(128頁)、立て看板撤去の趨勢が『不自由の学風 京大神話の崩壊』のような書籍に結びつかないことを願いたい。
それから本書を読んで、「図書館長に署名提出 「開館時間延ばして」」の見出しがあるのに気づいた(385頁)。評者が取り組んだ署名活動が、京大新聞によって報じられ(2002年6月1日号)、取材もされていたことをすっかり忘れていて、縁があったことを感慨深く思った。京大新聞の紙面は創刊から2008年3月16日号まで、 http://hdl.handle.net/2433/252613に公開されているので、本書は有益な目録にもなっているのである。
京大新聞は、歴代在籍者が温かく見守っているように、これからも(存続を工夫しながらも)自由に歩んでいくだろう。逆に全国紙が自由に歩んでいくのは不可能である。そこに「自由の学風」を守護するかのような京大新聞の意義があるわけであり、引き続き、自由とその縮減への警戒には敏感であってほしい。自由とおもしろさの両輪を大切にしていけば、「らしさ」は失われまい。それが結局は文化の豊かさと、政治的自由をめぐる緊張関係という京大新聞の歴史に帯びてきたアイデンティティだと思うからである。京大新聞の歴史から見えるのは、自由とおもしろさの追求は学生の特権であり、それを受け止める大人の懐の深さこそが問われているのではないかということなのだ。願わくば、なお「不自由にアカンベエ!」たらんことを。(ねづ・ともひこ=立命館大学産業社会学部教授・戦後日本ジャーナリズム史)
★京都大学新聞=京都大学新聞社(京都大学公認の学生団体)が発行者の、月に1~2回(年18回程度)発行の新聞。学内7ヵ所の販売ボックスや生協ショップ、一部書店での販売、学内便による各部局への配布、郵送による定期購読を行っている。
書籍
| 書籍名 | 京都大学新聞の百年 |
| ISBN13 | 9784909782298 |
| ISBN10 | 490978229X |
