僕と「先生」
長瀬 海著
荒木 優太
本書は、批評家の加藤典洋に師事していた著者が、いまは亡き師の姿を振り返った一四年間の総括である。二〇〇五年四月、早稲田大学国際教養学部に入学、加藤のゼミをたずね、以降、二〇一九年五月の病死に至るまでその批評的軌跡に付き添ってきた。
本書で論じられる中心的かつ浸透的な概念に、「可誤性」がある。おそらく鶴見俊輔『戦時期日本の精神史』の転向論から大いに学び、そこに内在していたプラグマティズムの系譜によって、より若い世代である東浩紀『訂正可能性の哲学』とも稀有な並行性をみせる、『敗戦後論』で披露された鍵語である。人間は有限な存在で、ということは誤りうる存在であり、これは絶対、と心に決めてもいつも肩透かしの現実にぶつかる。ならばむしろ誤りうることに軸足を置いたほうが公式の正しさよりもずっと人の深いところまでいける。文学にはそれができる。おおよそこのような含意である。著者は、その最初の例示として、加藤の学生運動での経験を引く。大学の悪しき権威主義に抵抗する全共闘運動は正しさの自家中毒に陥り、思考のしなやかさを失った。若き加藤はこれに呑まれた。反対に、加藤の同級生だった恩地豊志は、闘争の意義喪失を素直に認め、「転向」を果たした。加藤は、過去の自分よりも恩地のほうに可誤性の思想的豊かさを読むのである。
しかし、著者はこのような加藤に対して「ずるい」という評言を投げている。なぜか。「人間はいつの時代も正しさに縋りつきたくなる弱さを抱えた存在なのだと、〈局外的な、安全な真理の状態におかれた〉善の論理と倫理は思考を停止させ、その主体を溶かし、流すのだと、正しさを前にした人間の脆弱さに思いをめぐらせるべき」だからだ。ここで、可誤性は拡張的に解釈されていると思う。人間は弱い、それを認めるべきだ。その通り。でも、その弱さは、自分が間違っていたことを素直に認める強い弱さとみんなが共有している正しさについ流されてしまう弱い弱さの二種類がある。どちらも誤っており、故に、どちらにも鷹揚であるべきだ、加藤は加藤自身を許すべきだった、著者はそんなことをいっているかのようだ。
意図的かどうかは不明だが、ここで著者は鶴見俊輔の方法を体得していると思う。鶴見は二つの時間的視点、「期待」と「回想」を区別した。回想とは、局外の視点、あるものの活動が終わり停止した上で、思い出す仕方で評価を加えようとする姿勢。期待は、局内の視点、活動のただなかにあったとして、内側にいる人にとってはどう見えるかを確かめようとする視点だ。悪しき戦争があった。終わってみれば国民全員馬鹿だったというほかない(回想)。けれども、当時の国民の目には勝機もあれば大義もあったのだ。たしかに。これを切り捨ててはならない(期待)。加藤は可誤性を回想モードでだけ運用しているが、期待モードに進んでこそその本義が満ちるのではないか。
と、こう整理してはたと気づく。全体が妙に綺麗だ、という読後感である。端的にいえば、回想的整序がその端々にまでおよんでいると感じられるのだ。勿論、本書は成り立ちからして回想記を多分にふくみ、メールの文章や雑談での片言といった公刊されてない故人の私的な言葉の数々は資料的価値すら約束する。そもそも本を書くこと自体が情報の整理整頓と不可分であるならば、この感想は同語反復の域をでない。実際、加藤典洋著作入門、案内書としても本書は一定の役割を果たすだろう。それにしても。
たとえば、二〇〇九年四月から著者は大学をでて、ケーブル会社の支局に就職し、ノルマつきのケーブルテレビの訪問販売に明け暮れていたという。ノルマが達成できなければ上司からの怒号が飛んでくる、そういう野蛮な「社会」に身を置いていた一時期があった。なんであれ他人に怒号を浴びせることはよくないことだ。それはそうだ。でも、だからこそ可誤性の思想は、上司がもっている悪さの弁護へと向かうだろう。上司には他人を罵倒せざるを得ない歴史的状況があった。上司だって誰かの、なにかの従僕なのだ。状況の外からハラスメントだなんだといっても、正しいかもしれないけれど、深くはない云々。ここで問いたいのは、著者はそのような説明を受けて、ああそうですかなるほどですねと素直に受け入れることができるだろうかという疑問である。つっぱねるに違いない、といいたいわけではない。受け入れるにせよ撥ねるにせよ、そこで生じるだろう心の泡立ちなりざらつきなりを拾い上げる作業すらも可誤性の思想は命じているようにみえるのだ。他人を憎んではいけません……正しい……でも…?教師生活のなか加藤が一貫して学生たちを「若い友人」として遇してきたという挿話が暗示していたように、加藤の思想は学統を越えてポスト加藤の道筋を往くよう強く促がしているようにみえる。新たな批評家誕生の胎動が聞こえる。(あらき・ゆうた=在野研究者)
★ながせ・かい=ライター・書評家。翻訳にマイケル・エメリック「日本文学の発見」(『日本文学の翻訳と流通』所収)、共著に『韓国文学ガイドブック』など。一九八五年生。
書籍
| 書籍名 | 僕と「先生」 |
| ISBN13 | 9784065445150 |
| ISBN10 | 4065445159 |
