2026/04/24号 3面

「ふらんす」100年の回想

「ふらんす」100年の回想 倉方 健作編著 原 大地  懐古的な本に誘われて、この文章も懐古的になることを許していただきたい。  これも何かの巡り合わせ、本当のところを告白すれば、私は雑誌「ふらんす」の熱心な読者であったことはない。フランス語を勉強し始めたのは大学に入ってから、外国語の二つ目として取り組んだに過ぎなかった。当時は理系でも三コマ必修だったのだが、始めてみたらこれがめっぽう面白く、仏文科に進んだ、というような真っすぐな道でもない。もっとだらしない事情――そもそも、大学の理系科目についてゆくだけの基礎力がなく、文系に転じる方策を探り、二転三転、ようやく居場所を見つけたのが仏文だった。かなり回り道をした。  フランス語学習については奥手で、自己流――そういう人間の常として、憧れの素直な表現を軽蔑する。斜に構えて傲慢なのは単に、習得の遅れと視野の狭さを隠すためで、彼がなによりも危惧するのは、愛好者の厚みに埋もれて進む隘路が見えなくなることである。雑誌「ふらんす」を、かくして私は恐れ、遠ざけた。  一九二五年に「ラ・スムーズ」の名で創刊された「ふらんす」は、大戦末期に休刊を余儀なくされたものの、終戦翌年五月には復刊、私が学生だった二十世紀末にはフランス語だけでなく、フランス文化全般をカバーする、小さく洒脱な(エスプリ!)、しかし特有の品格を備える雑誌となっていた。本書はその創刊百年を記念する出版である。  編著者の倉方健作氏は創刊から現在までのバックナンバーをすべて読みこみ、その精華を紹介している。精華、と言ったがそこはあくまでも「ふらんす」流、構えるところがなく、コンパクトでありながら風通しのよい本となっている。蓄積の重苦しさを感じさせないのは、雑誌の彩りを大切にして、幅広い執筆陣やテーマから満遍なく選ぶという方針によるものだが、それを支えるのは、時代を映し出す小さなサインを見逃さない、編者の選別眼である。当時の誌面をそのままスキャンして掲載してあるので、さまざまな時代の、さまざまな意匠を眺め、日本語の出版物が辿ってきた道程を俯瞰できるのも魅力である。編集後記(「さえら」)で、自らの誌名が「ふらすん」となってしまっている箇所も見つけた。電子入稿ではもう見られることもなさそうな、愛らしい「誤植」も、植字印刷時代の証言者である。  時は流れ、自分がフランス語を教える側となってから、「ふらんす」の百年を駆け足で巡ってみると、その充実ぶりは驚くばかりである。クローデル「大使」の創刊祝福の辞、与謝野晶子の短歌連作、手書きの見事な「フランス文藝年表」、ペタン元帥の演説等、「高等読者」むけの戦前の記事がある。戦後復興期には、新制大学とともにフランス語の学習が広がり、学問や文化への飢えに近い憧れをこの小雑誌が満たした。二十世紀後半の文学や政治の変転を反映し、料理や映画、はたまたマンガやアニメへ、また、フランス以外のフランス語圏文化へと越境を重ねてゆく。輸入一辺倒だった日仏の文化交流も相互的なものへと変わっていった。  こうして辿ってみると、新しい背広を仕立てて汽車で山を行く、その先に霞んで現れるという憧憬の地「ふらんす」は、かつて読めないテクストの向こうにひとりで読み取ろうとしていた「フランス」と、さほど遠くはなかった。当たり前のことだ。外国語を学ぶ人たち、文化を愛し、本を読む人たちに、まっすぐに届けられたこの雑誌の足跡は、憧れの「ふらんす」を、読者それぞれの「フランス」経験へと、着実に繫いでいった記録なのだから。  日本とフランスの距離も飛行機でひとっ飛び、いや、移動する必要もなく、瞬時にインターネットで情報が飛び込んでくる、音声だって画像だって自由自在、ついには、外国語を学ぶ必要もなく、全ては自動的に翻訳されて手元に現れるかのような妄念が世を覆う。我々が何を失いつつあるのか、ひととき立ち止まって考えるため、里程標となる一冊である。(はら・たいち=慶應義塾大学教授・フランス文学)  ★くらかた・けんさく=九州大学教授・フランス文学。訳書にヴェルレーヌ『呪われた詩人たち』など。一九七五年生。

書籍

書籍名 「ふらんす」100年の回想
ISBN13 9784560024980
ISBN10 4560024987