2026/05/01号 6面

イヴァン雷帝とクールプスキー公の往復書簡

イヴァン雷帝とクールプスキー公の往復書簡 栗生沢 猛夫訳・解説 沼野 充義  一五六四年、イヴァン四世(雷帝)の寵を受けた大貴族にして戦功めざましい勇将、クールプスキー公は、モスクワ大公国(ロシア)から敵国リトアニアに逃亡した。貴族たちを次々に処刑し始めていた皇帝(ツァーリ)の疑いの目が自分にも向けられていると察したためである。そして彼はポーランド王に仕える身となり、リトアニア=ポーランド軍を率いて今度はモスクワ大公国と戦う側に回った。一八〇度手のひらを返すような卑劣な裏切りにも見えるが、愛国心という厄介なものが今のようにはっきり形をとっていなかった当時にあってはさほど驚くべきことでもなかった。  驚くべきは、亡命直後クールプスキーが、自らの行為を正当化する挑戦的な手紙をかつての自分の君主に送り付け、それを読んで怒り心頭に発したイヴァンが激烈な反論を書き、非難の応酬が始まったということだ。やりとりは一五七九年まで続き、計五通が知られている。本書はこの貴重な歴史的文書の全訳と解説である。ロシア中世の政治と思想について知るための最も基本的な原典の一つが読めるようになったことを喜びたい。訳文も詳細な訳注も、ロシア中世史の第一人者、栗生沢氏の堅固な学識と丁寧な読解に基づいており、間然するところがない。  この時代のことなので、両者とも聖書や教父の著作などから夥しい引用をしながら議論を展開する。クールプスキーがイヴァンは神の教えに逆らって権力を濫用していると糾弾するのに対して、イヴァンは皇帝の権力は神に与えられたものであって、悪人に対しては「威嚇、抑圧、制御、絶対的禁止」を加えて当然だ、と主張する。クールプスキーの「西欧的教養」に対してイヴァンの「ロシア的混沌」という図式に安易に還元するのは短絡的だが、二人が際立って対照的であることは確かだろう。そして、ここからは「オプリチニナ」という独自の制度によって恐怖政治を推し進めていくイヴァンの思想的な根拠が見て取れる。  しかし、評者としては、この往復書簡の異様とも言える性格と、その言語的・文学的な価値を強調したい。王と元臣下がこのように一対一で対峙してやり合うというのは前代未聞、古今東西ほとんど類例がないのではないか。特に驚かされるのは、クールプスキーの抑制のきいた論理的な文章に対する雷帝の返答の冗長さと感情の激しさである。元臣下の批判の一言一句に対して、イヴァンは十倍、二十倍の言葉を費やしむきになって反論する。これは近代以降の個人のプライベートなやり取りではないので、多分に公的な性格もあわせ持つが、それにしても、年代記や聖者伝などが主流であった中世ロシアにあってこの『往復書簡』は異例の生々しい「書簡体文学」にもなっている。  言語面を見ると、雷帝の文章は古教会スラヴ語の格調高い高位の文体を基礎にしながらも、「低位」の口語的要素も大胆に取り入れている点が目につく。イヴァンはクールプスキーに対して神学的・論理的に反駁するだけでなく、「犬」「悪鬼」などという言葉を繰り返し投げつけ、相手を罵倒し続ける。一度などは、お前の忠告は「排泄物にも増してひどい悪臭を放つ」とまで言い放っている(ここで「排泄物」はもっと汚く「クソ」と訳したいところだ)。  イヴァンは恨みがましく執念深い。自分は迫害者ではなく、大貴族たちの悪事のせいで辛酸を舐めさせられた被害者だと言い張り、三歳の幼時まで遡って人生を振り返り、自分の后の死まで貴族たちの陰謀のせいにし、妃の死後独身を守り通せなかった自分の弱さについては、「われらは皆人間なのだ」という、なんとも人間臭い言い訳までする。それに対して、流浪の身を嘆くクールプスキーの書簡には、近代以降の「亡命文学」を先取りする要素がある。じつはこの『往復書簡』は原本も同時代の写本も残っておらず、偽書、つまり後世の贋作ではないかという説がしばしば提出されてきたのだが、それを後押ししたのも、この著作の型破りな「面白さ」だった。ちなみに、偽書説の最も有力な提唱者であったロシア史家エドワード・キーナンは評者のアメリカ留学時代の懐かしい恩師の一人である。  書簡が書かれた当時の歴史的状況を無視して現代に引き寄せる勝手な読み方は、厳格な歴史学者である栗生沢氏の戒めるところだ。しかし一般読者にとってこの稀有の著作が意味を持つとすれば、現代からの視点を捨象するわけにはいかないだろう。よく知られているように、残忍な独裁者イヴァン雷帝の像はのちにソ連時代にはスターリンと重ねられた。エイゼンシュテインによる映画化については栗生沢氏が本書の解説でも詳しく書いている通りである。ちなみに戦時下の現代ロシアでは、「歴史上最も偉大な人物」について問う最近(二〇二五年)のアンケートで、スターリンがだんトツ一位、プーチンが二位。イヴァン雷帝はこの二人には劣るが、それでも二十位につけている。その意味ではイワン雷帝は今でも生きているのだ。(ぬまの・みつよし=東京大学名誉教授・ロシア東欧文学・現代文芸論)  ★くりうざわ・たけお=北海道大学名誉教授・ロシア中世史。著書に『キエフ・ルーシ考 断章 ロシアとウクライナの歴史家はどう考えてきたか』など。一九四四年生。

書籍

書籍名 イヴァン雷帝とクールプスキー公の往復書簡
ISBN13 9784865200782
ISBN10 4865200789